ハリウッドVFX業界就職の手引き

ハリウッドVFX業界就職の手引き
鍋潤太郎氏による、海外のVFX業界で働くための手引き。お薦めです。

2016年8月10日水曜日

「シン・ゴジラ」と石原さとみの英語

木村でございます。日本を離れる2、3日前に、新宿の映画館で「シン・ゴジラ」を観てきましたので、今回はその感想をちょっと書きたいと思います。

まず映画自体ですが、多くの方がそう言われているように、私も非常に楽しめました。会議をしているシーンが延々と続いて正直辛いところもありましたが、全体としてはとても楽しめるエンターテイメント作品になっているのではないかと思います。嬉しい驚きとしては、VFXが非常に良くできている、ということです。この作品は白組をはじめとして、日本の実力あるVFX会社が手をかけているので、もちろんそれなりのクオリティでああろうとは思いましたが、期待以上に良くできていました。今回のVFXは、ほとんどがCGだと思いますが、リニア・ワークフローなどハリウッドで培われたワークフローが日本でも浸透していることをうかがわせる馴染み方です。

ただ一つ、気になったところがないわけでもありません。ヒロインを演じた石原さとみさんのキャラクターがしっくりこない、特に英語のセリフがあまりうまくいっていない、ということです。これに対しては、ネット上ではそんなことを気にするのは、日本人の英語に対する固定観念やコンプレックスの問題だ、もしくは彼女のアンチ・ファンが騒いでいるだけだ、といった論調もありますので、なぜ私が彼女の英語を問題にするのかをここで説明したいと思います。

まず彼女のキャラクターですが、劇中では、詳しい肩書きは忘れてしまいましたが、アメリカ政府の関係者であったと思います。彼女はセリフの中で自分のバックグランドを説明しており、1)祖母が日本人、2)自分自身はアメリカ大統領になることを目指している、といったことを言っていたと思います。このことから想像できるのは、彼女のキャラクターがいわゆる日系3世だということです(メディアでもそのように説明されていると思います)。仮に先祖の国籍が設定上はっきりしていなくとも、大統領になることを目指しているのであれば、少なくとも自分自身はアメリカ生まれでなくてはなりません。というのも、アメリカ大統領になるためには、アメリカ国籍を持っている、というだけではダメで、生まれもアメリカである必要があるのです。以前オバマ大統領が2期目の選挙に出馬した時、現在大統領候補として出馬しているドナルド・トランプ氏が「オバマはアメリカ生まれではなく、アフリカ(彼の父親の出身地)で生まれたのではないか」という攻撃をし、結果的にオバマ大統領がハワイ州の出生証明書を公開して事なきを得た、という事がありましたが、これも出生地が大統領の資格に関わる事だからです。

つまり、石原さとみさんが演じているキャラクターは、基本的には日系アメリカ人です。日本人は、「日系」と聞くと、日本語をしゃべれる人達を想像してしまいがちですが、こちらにいる2世以降の日系アメリカ人は、基本的には日本語などほとんどしゃべれません。2世はかろうじて自分たちの親が日本語を喋るため、しゃべれなくはない、という人もいますが、3世以降になるともう彼らにとっては日本は先祖が住んでいたただの外国です。日本語を喋れないだけでなく、日本のこともほとんど知りません。成長してから興味を持って日本のことを勉強する人は少なからずいますが、彼等は基本アメリカ人ですから、第一言語は英語であり、当然それはネイティブです。

ところで、ネイティブの言語力というのは、どういう風に培われるものなのでしょう。一般的によく言われるのは、だいたい生まれてから3歳くらいまでの間にネイティブがしゃべるのを聞いているうちに、自分でもしゃべれるようになってくる言語力がそれと言われています。この時期を過ぎると、それぞれの言語に固有のある種の音節を聞き取るのは困難になってくると言われており、従ってネイティブ並に話せるのも難しくなってくるそうです。ただ、大人になってからも努力をして発音を練習し、流暢にしゃべれるようになることは不可能ではありません。たとえば、音楽評論家として有名なピーター・バラカンさんが日本語を勉強し始めたのは、大学に入ってからだそうです。今では日本のラジオやテレビでナレーションや解説者を務める程の日本語力ですが、それでもよく注意して聞いていると、たまにちょっとだけ日本人の日本語とは違うな、ということはなんとなく感じれると思います。

話が長くなりましたが、要するに私の言いたいことは、石原さとみさんの英語はネイティブのそれには聞こえない、もしくは日系アメリカ人には見えない、ということです。そしてそれは別に彼女の努力不足とか、日本の英語教育の問題とかとは全く関係なく、映画のリアリティを表現するためには、ネイティブの英語をしゃべれるアジア系アメリカ人俳優を起用すべきではなかったか、というキャスティングの問題なわけです。

しかし、そうなるとまたぞろ難しい問題が出てくるのも確かです。たとえば、ネイティブだから、というだけで日本人にまったく馴染みのないアメリカ人俳優を連れてきても、興行的に成功できたか、という問題です。石原さとみさんのキャラクターは、この映画では準主役に近いですから、ここの知名度が低い、というのはプロデューサーからは難色を示されるでしょう。とはいえ、日本でもそれなりに知名度のあるハリウッド女優などを使おうとすれば、制作費の大半が吹っ飛んでしまいます。ちなみに、今作の総監督の庵野秀明氏が制作したアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」でも登場人物の一人が、素人の私が聞いてもひどいドイツ語のセリフを日本人声優に言わせていたことを考えると、基本的に彼はここのところは割り切っているのかもしれません。

実際のところ、石原さとみさんの英語の問題など、割り切って受け流せばいいのではないか、という考えもないわけではありません。彼女自身は美しくて魅力的な女性であり、役者さんとしても素晴らしいですし、確かに大半の日本人にとっては些細な問題かもしれません。ただ、私にしてみると、「気になる人がいる」ということが気になります。

例えば、私が生業としているVFXの話をさせていただくと、長年VFXは不出来な映画のA級戦犯として糾弾されてきました。リアリティに欠ける稚拙なVFXのせいで映画に集中できないという指摘はもっともなものであり、それゆえ映画のVFXに関わる者は、「見えないVFX」が良いVFXであり、見ている人たちがその存在を指摘できなくなるまで自然な描写を目指すことが、この技術の頂点と考えてきました(もちろんゴジラやエイリアン、宇宙船などが実写だとは思われないでしょうが)。つまり、表現はストーリーを阻害せず、観客の意識をストーリーに集中させることがVFXの役目である、ということなわけです。逆に言うと、観客がストーリー以外のことに気を取られてしまったり、そのことで興ざめになってしまうことは、ある種の失敗であり、それはセリフやキャラクターの造形においても何ら変わりないのではないか、ということです。

結局のところ、何かに気を取られてしまう、ということは、観客によりけりな部分はあります。VFXに妙に詳しいお客さんなどは、「あそこのマスクがずれてる」だとか、「あそこのテクスチャのレゾが荒すぎる」だとか、一般のお客さんはあまり気にしないことも目ざとく見つけます。私のようにアメリカに住んで日々英語で苦労している人間などは、ちょっとした英語の問題にも敏感に反応してしまうのかもしれません。ただ、私以外にも彼女の英語を指摘している人がそれなりにいることを考えると、やっぱり気にはなるんだな、と思った次第なわけです。そして気になる以上は、批評の対象になる、ということなのだと思います。

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